文化・芸術

2009年9月17日 (木)

Dining Etiquette

New Jersey 在住のとある日本人の方のブログを読んでいたら、「ちゃんとしたレストランではハンバーガーは手に持たず、ナイフとフォークを使って食べるのがマナー」と書いてあった。分かるような気もするが、実際のところはどうなんだろうと思ってネットで調べていたら、こちらの「教えて」系の掲示板で、全くその議論がなされているのを発見した。

http://chowhound.chow.com/topics/543597

本日現在 81 件の書き込みがなされていて全部読むと面白いのだが、上で「議論」と書いたとおり、定説はなさそうである。ただ全体としては、大きすぎて口に入らないならナイフとフォークを使って食べれば良いが、口に入れられるのなら、例えそこが「ちゃんとしたレストラン」であってもその必要はないということを書いている人が多いように見受けられる。また「ちゃんとしたレストラン」であっても所詮はハンバーガーなのでカジュアルに考えれば良く、手で食べることを躊躇する必要はないという論調も多勢のように見える。

ハンバーガーはジャンクフードの代名詞のように思われているが、特にランチ時は比較的高級とされているレストランでもメニューに載っていることは珍しくない。上記の質問もまさにそれで、Hazelton Hotel(トロントの5つ星ホテル)内のレストランで 28ドルもする "The Ultimate street Burger" なるものを頼んだときの疑問である。
ところでこのメニュー名が秀逸である。所詮 street burger なのだがその ultimate バージョンだから 28ドルも取るというネーミング。バーガーは本来屋台の burger が旨いのだという少々パラドキシカルでかつ make sense な意味も込めてあるように感じる。日本で言えば、本来庶民の味だったおでんなのに、銀座に高級おでん屋が存在するというような感じであろうか。いくら高級おでんと言っても串からはずして朱塗の箸で食べるまい。

筆者は流石に 28ドル(カナダドルであろうから、米ドルだと 25ドルくらいか)もするハンバーガーにお目にかかったことはないが、近所のちょっとした人気レストランなどでも 15ドルくらいのバーガーは珍しくない。そういうレストランだと内装やテーブルなども良く整備され、サーバーの応対も良く教育されており、ランチだからとジーンズで来たことをちょっと後悔するような雰囲気である。このため確かに「手で持って食べてもいいんかいな」とちょっとだけ躊躇するのは良く分かる。

しかしほんとちょっと躊躇するものの、筆者はバーガーは全部の要素をがぶりと同時に食べるからこそウマイと思っているので、まず間違いなく手で食べることになる。ただし同じ店の同じバーガーであっても、時と場合によってはナイフよとフォークで食べることも十分に考えられる。取引先と business attire で食べる場合などがそうだろう。手で持つことがマナーに適っているかという心配とは別に、business attire を汚したくないという気持ちもある。顔中ケチャップだらけという間抜けな面を仕事相手に見せるのもナニだから、という発想もある。

となると、まあ要するに「空気を読め」ばいいということなのだろう。

ちなみに上の Q&A では、ピザを手で持って食べることについての議論もなされている。筆者の場合は気分次第でどちらもやる。ただしシカゴピザを手に持つのはちょっと難しいであろう。

ネットでは別に手で持っても構わないという意見が多そうなことは分かったが、もう少し信頼のおけそうな情報はないものかと思い、以前こちらで買ったエチケット全般に関するガイドブックの中の、テーブルマナーに関する部分を読み直してみた。結論としては、バーガーに関する記載はなかった。想像通りではあるが、やはりバーガーのようなカジュアルな食べ物に関するテーブルマナーなど存在しないのだろう。当然であるが、バーガー以外のサンドイッチやフライドチキン、BBQ などに関するテーブルマナーも見受けられない。所詮車を運転しながらでも食べるようなファーストフードにテーブルマナーなどあるはずもないということだろうか。寧ろ、エチケットとしてではなく、江戸っ子のそば作法や「正しいコーヒー牛乳の飲み方」同様、バーガーの正しい食べ方なる議論はあるかも知れない。

それはさておき、テーブルマナーを読み返してみて、いつの間にか忘れていたものや、今まで知らなかったもの、逆に誤解していたものなどが散見されたので、自分への戒めも含めて書いておく。"Etiquette for Dummies," Sue Fox からの抜粋である。

[席の配置]
殆ど全ての会食にはホストがいる。個人宅での会食では勿論、レストランにおいても招待した人がそれである。ホストはテーブルの端に座る。夫婦でホストする場合は夫婦がテーブルの両端に座る。
男性の主賓最上位がホステスの右側に座る
男性の主賓次位がホステスの左側に座る
女性の主賓最上位がホストの右側に座る
女性の主賓次位がホストの左側に座る
ただし丸テーブルの場合は全員が等位となりこのようなルールはないが、カップルは必ず分かれて座り、また男女交互に座る

[着席]
男性は女性に腕を貸してエスコートし、椅子を引いて着席を助ける。女性の着席後、男性はそのすぐ左に着席する。男性より女性の数の方が多い場合は、男性の両隣に女性を着席させ、爾後男性が着席する。
フォーマルの場合、ゲストはホストまたは主賓が着席する前には着席してはならない。
(なお、日本のマナー本で良く見られる、椅子の左側から着席・立席するという記載は見られない)

[着席後]
ナプキンはホストまたは主賓が取り上げて膝に置くまで動かさない。通常2つ折で使うが、ランチョンナプキンなど小さいものは完全に広げて使う。前掛けのようにぶらさげてはならない。ナプキンの用途は口元を軽く拭くことであり、口紅を拭き取ったり鼻をかんではならない。女性のハンドバッグはテーブルに置いたり背もたれにかけてはならない。自席の背もたれとの間におくか、椅子の下に置く。
(日本で言われる、左下に置くという記載は見られない)

[オーダー]
伝統的には男性が女性の分もオーダーするが、現在では女性が自分の分をオーダーするのも全く構わない。

[姿勢]
両足はきちんと地面につけておくか、くるぶしで交差させる。脚を組んだり、テーブルや椅子の脚にもたせ掛けたり絡めてはならない。
両手は常にテーブルの上においておくが、肘をついてはならない。手を止めているときは両手を膝の上に置くか、片手を膝、片手を手首のところでテーブルの端に置いておく。
椅子の前 3/4 のところに背筋を伸ばして座る。皿の上にかがみこんではならない。カトラリーは口まで持ってきて使うものであり、口がカトラリーを迎えに行ってはならない。

[中座]
出来る限りそっと中座する。ナプキンは椅子の上に置いておけば、中座から戻る前にサーバーが新しいものをテーブルの上に置く。咳やくしゃみのときは、顔を背け、ティッシュかハンカチ(間に合わなければナプキン)を口に当てて覆う。

[食事の開始]
ホストが食べ始めるかアナウンスするまで待つ。最初の皿は、全員にサーブされるまで食べ始めてはいけない。

[食器の持ち方・欧米の違い]
- American style (The zigzag)
アメリカおよびカナダは、フォークを右手でも使う全世界でも唯一の人種である。右手でフォークを使う場合は、鉛筆を持つように握り、凹部分が手前に来る。皿を食べ終わる前に一旦手を止めるときは、ナイフとフォークを 10時20分方向に平行に置いておくが、終了時とは異なり両者を揃えずに距離を離しておく。
- European or Continental style
フォークは左手のみで使用し、常に人差し指はフォークの背を押さえている。皿を食べ終わる前に一旦手を止めるときは、フォークを8時10分方向に凸部が上になるように置き、その下にナイフを10時20分方向に重ねる。
皿の終了時は American も European もナイフとフォークを揃えて10時20分方向に置く。
左利きであっても左手にナイフ、右手にフォークとしてはいけない。ナイフを鋸のような使い方をしてはならない。肉が切りにくければステーキ用のナイフを所望すれば良い。肉を一度に何口分も切ってはならない。ナイフ・フォークの先を皿に持たせかけて柄をテーブルに置いてはならない。ナイフ・フォークは一旦テーブルから持ち上げたら、二度とテーブルに接しさせてはならない。
(全般に、日本のマナー本と必ずしも一致していない)

[各論:パン]
もし目の前にパンのバスケットがあったら、それを取り上げ、右隣に渡して勧めなければならない。自分の分は1週して来た後に取る。もしテーブルが長方形で、バスケットが戻って来そうにないと思われれば、まず自分の分を取り、そして右隣に渡す。
パンが切れ込みだけ入ってナプキンに包まれており、各自用に切り分けてない場合、左手でナプキン越しにパンを持ち、右手で自分の分を掴んで引き剥がす。残ることになる部分に直接手で触れてはならない。バターは、バターサーバから一旦自分の皿に取る。直接パンに塗ってはならない。取り分けるのに自分のナイフを用いてはならない。もしサーバにナイフが付属していない場合、自分のバタースプレッダーを用いて良い。

[取り分け]
バンケットやバンケットスタイルでは、大皿が各自の左側に供されてそこから各自取り分ける。この場合、サービングスプーンが凹面を上にして右側、サービングフォークが凸面を上にして左側におかれている。右手でサービングスプーンを凹面を上にして持ち、左手にサービングフォークを凸面を上にして持つ。スプーンですくい、取り分けたものが落ちないようにフォークを上に重ねて取り分ける。使用後はスプーン・フォークを元通りに戻す。

[不慮の事態]
カトラリーを落とした時:自分では拾わず、サーバーを呼んで交換してもらう。
調理不十分な時:サーバーを呼んで交換してもらう。
異物混入時:サーバーを呼んで交換してもらう。
料理が気に入らない時:少しだけ食べる。アレルギーがあるときは遠慮せずに No, thank you. と言えば良い。
小骨などが口に入った時:フォークに出し、皿に置く。可能であれば他人から見えないように飾りや他の食べ物で隠しておく。ナプキンに吐き出してはならない。

[マナー違反トップ10]
第10位:大声でしゃべる
第9位:髪の毛やイアリングをいじる、顔や頭を触る
第8位:皿の終了時、皿を奥に押しやる
第7位:食べるのが早すぎる・遅すぎる
第6位:食事中にケータイやポケベルを使う
第5位:姿勢が悪い
第4位:財布、鍵、サングラス、メガネ等をテーブル上に置いておく
第3位:肘をつく
第2位:歯をせせる
第1位:飲み込む前に喋る、口を開いたまま咀嚼する

こちらに来て何回外食したが分からないが、アニバーサリー等以外ではさほど upscale なレストランには行かないため、正式にはマナー違反だよなと思いながら結構好き勝手にやっていた。アメリカ人客もさほどテーブルマナーにこだわってはいるようには見えない。しかしそれを繰り返しているうちに本当はどうだったか失念してしまった感がある。改めて覚えておきたい。

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2008年11月13日 (木)

English Thinking of Numbers

前回の記事で、数字を階層別に切り分けるときの表示の仕方が納得しにくいと書いたが、今日 e-mail で届いたアンケートで、また別のパターンがあった。

About how much do you spend on books, in a typical 6-month period?

1. $0 - $50 
2. $51 - $100 
3. $101 - $150 
4. $151 - $200 
5. $201 - $250 
6. More than $250

というのである。これもときどき見かける表記法である。選択肢 6 が、more than 250 なので、選択肢 5 は more than 200 and 250 or less (200 を超えて 250 以下)という意味であるのは明らかである。よって 200.00 は選択肢 4 に属し、200.01 は選択肢 5 に属する。カテゴリの表記法は、前回と異なり、今度は切り上げて表示しているわけだ。それならば選択肢 1 は何故 $1 - $50 と書かないのか? ちょっと考えれば分かるが、そうすると 0.00 のときの選択肢がなくなるからだ。そんなことをするくらいなら、せめて前回の方式にすれば整合性がとれるのにと思うが、まったくアメリカ式の発想というのは理解できない。そんなことで整合性がとれなくてもちっとも気にならないのだろう。

また前回の記事で、MD 州におけるスピード違反について触れたが、奇妙に思えることが含まれている。スピード違反の点数を再掲すると、

Speeding in excess of the posted speed limit by 10 miles an hour or more 2 points
Speeding in excess of the posted speed limit by 30 miles an hour or more 5 points
Speeding in excess of a posted speed limit of 65 miles an hour by 20 miles an hour or more 5 points

のようになっている。奇妙だというのは、制限速度 60 mph の道路で 26 mph オーバー(= 86 mph)すると、点数は 2 点である。ところが同じ 86 mph で走行したとしても、それが制限速度 65 mph の道路だと 5 点になる。速度超過は 21 mph しかないのに、である。制限速度が低い方が一般に道路状況が悪く、だからこそ制限速度が低く抑えられている。そんなところで 26 mph もオーバーしているのに 2 点しか減点されない。65 mph というのは、市街地を離れ、車線も広く、道路状況が良いところやフリーウェイなどで設定されスピードであるが、そういうところだと 21 mph しかオーバーしていないのに 5 点も減点されるわけだ。何だか変な法体系だと思う。

テレビを見ていると、色々な番組の予告が流れる。予告の最後に "Tuesday, 9p/8c" などと表示される。アナウンスでは "Tuesday, nine, eight central" と言っている。言わんとするところは、「火曜日の、東部時間午後 9 時、中部時間午後 8 時から」という意味だ。"9p" 部分では「東部時間」を省略し、"8c" 部分では、「午後」を省略している。さらにアナウンスでは "9p" 部分の "p" すら省略している。この表現は、テレビを実際に見ているここが東部時間なので、わざわざ「東部時間」をつける必要がないからなのだとは思うが、これが中部時間である New Orleans で同じ放送を見るとどうなるのだろうか。もっと言えば、California で CNN を見るとどうなのだろうか。AC360 は毎晩 10 時(ET)からであるが、CA ではその予告部分が「毎晩 7 時」に差し替えられて放送されているのだろうか?

日本では「24 時間 365 日受付中」などと言うが、同じ内容をこちらでは "24/7"(言葉では twenty four, seven)と言う。「24 時間」部分は同じだが、「1 年のうち 365 日間」が「1 週のうち 7 日間」に置き換わる。見渡すスパンが年と週では随分考え方が異なると思う。
アメリカでは意外と週単位でものごとを考える場合が少なくない。さきほど Confort Inn のオンライン予約画面を見ていたら、「オンライン予約は 51 週前から可能なので、年号を入力する必要はない」と書いてあった。筆者のオフィスで用いている UPS のアカウントでは、インボイスは weekly に発行され、"2008 年の第 42 週目の分" というような内容で届く。閏年であってもなくても 1 年はきっちり 52 週ではないのだが…
日本でも「週休 2 日」など週単位でものごとを考える場合は多いのだが、「第 42 週」などと表現することは、妊娠の週数やマウスの週令など、どちらかと言えば例外的なのではなかろうか。

スーパーマーケットなどの小売店で、"3 for 10" などという表示を見かける。"3 pieces for $10" (3 個で $10)という意味だ。しかし最初は 10 個 で $3 なのではないかと思ってしまった。"For" の意味を「~のために」と解釈したため、「10 個を買うために 3 ドル必要」などと読んでしまったのだ。"3/10" と省略したりもする。一見分数にも見えるが、流石に 0.3 ドルということではないのは分かる。が、分母は通常「○○あたり××」の「○○あたり」に相当するため、"3/10" だと 10 個あたり 3 ドルと読めてしまう。やっぱり confusing なのである。まあ "3 for 10" と "10 for 3" では単価が 11 倍も違うことになるので最終的に間違うことはない。しかし "2 for 3" と "3 for 2" あたりだと、結構悩ましい。2年たってやっと悩まなくなった。

また同様に小売店で、良く "buy 3 get 1 free!" というセールをやる。要するに 3 つ分の値段で 4 つ買えるということだが、日本ではあまりこういう表現は見かけなかったように思う。紳士服のチェーン店などでは「2 着目半額セール」のようなものを見かけたが、その程度だったのではないか。日本でももちろん「まとめ買いでお得」セールはあるが、もっとダイレクトに、例えば定番価格が 980 円の商品であれば、単純に「4 個で 2980 円」などと言うと思う。商品の個数で割引率を表示することはなく、価格で表示するのが普通だと思う。

数字そのものの謎ではないが、自動車のタイヤはどうして 175/70R14 などと表現するようになってしまったのだろうか。ここで「何故」と言っているのは、"175" は mm なのに、"14" はインチという妙な組み合わせになったのはどうしてか、という話である。そしてそれが日本だけでなくアメリカでも同様なのは実に不思議なのだ。もっとも昔のバイアスタイヤは幅・径ともインチ表示ではあったが。ラジアルタイヤは扁平率表記の関係で幅を mm であらわすようになったのではないかという推測もあるが、それならば同時にリム径やリム幅もメートル法に変更すればよかったのに、と思う。ホイールの PCD は、114.3mm / 120.65mm / 139.75mm であるが、これがそれぞれ 4½ in / 4¾ in / 5½ in であるとは知らなかった。

タイヤのスペックついでに、こちらのクルマのスペックはメートル法・インチ法がごちゃまぜだ。次は "2009 Ford E-150" のスペックの一部である。

- 4,606 cc 4.6 liters V 8 front engine with 90.2 mm bore, 90.0 mm stroke, 9.3 compression ratio, overhead cam and two valves per cylinder 99W
- 35.0 gallon main E85 fuel tank 29.1
- Power: 168 kW , 225 HP SAE @ 4,800 rpm; 286 ft lb , 388 Nm @ 3,500 rpm
- 3.730:1 axle ratio
- External dimensions: overall length (inches): 217.0, overall width (inches): 79.3, overall height (inches): 81.2, ground clearance (inches): 7.0, wheelbase (inches): 138.0, front track (inches): 69.4, rear track (inches): 66.6 and curb to curb turning circle (feet): 48.0

トルクの単位はしっかり ft lb である。286 ft lb ということは、0.3 をかけて 0.45 をかけると… だいたい 38.6 kgfm くらいらしい。排気量はなぜかメートル法。4.6 リッターならもう少しトルクがありそうなものだが。

まだまだ色々な違和感にぶつかることだろう。

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2008年11月 8日 (土)

Logical English?

数字の表記に戸惑うことがよくある。

2つ前の記事で、ハリケーンのカテゴライズを記した。再度引用すると、

Cat 1: 74-95 mph、Cat 2: 96-110 mph、Cat 3: 111-130 mph、Cat 4: 131-155 mph、Cat 5: 155 mph+

である。これ、日本人なら必ず違和感を感じるのではなかろうか? 少なくとも理系の人間には。最大風速 95.6 mph のハリケーンは Cat 1 なのか、Cat 2 なのか、どちらなのだ? と。有効数字の考え方からすれば、96 mph に四捨五入されるので Cat 2 になると思う。が、熱帯低気圧ではなくハリケーンと呼称されるのが 74 mph 以上(= 74 mph 未満なら熱帯低気圧)ということだと考えると、73.9 mph はきっと熱帯低気圧だろう。とすれば、事実上小数点以下は切り捨てということになり、95.6 mph は Cat 1 ということになるだろうか。

ついでに言うと、Cat 1 から Cat 4 までは、下位カテゴリの上限値と上位カテゴリの下限値は、1 ずつ離れているのは上に書いたとおりだが、Cat 4 と Cat 5 の間は事情が違う。上の推測から 156 MPH 未満は Cat 4 だろうと思われるから、Cat 5 の 155+ というのは、事実上「156 MHP 以上」という意味だ。これだけ見ると、155.0 を超えたらというように見えるがそうではない。殆ど驚きに値する。これがもっと精密なカテゴリになっていて、小数点まであったとすると、いったいどう解釈すれば良いのかお手上げである。例えば、こんな場合。"155.0+"。 これだけだと何とも分からない。この一つ手前のカテゴリが "xx - 155.0" となっているのを確認しないと安心して 「155.1以上」という意味だと解釈できない。

Amazon.com で7インチディスプレイのミニノートを調べたら 42 件ヒットしたが、その price range 毎のヒット数は、

$200-$499 (28)
$500-$999 (6)
$1000-$1999 (4)
$2000-$4999 (1)

であった。では 499.99 はどちらに入るのか、と思ってスクロールしてみたら、

MSI Wind 10" Mini Laptop (1.6 GHz Intel Atom Processor, 1 GB RAM, 80 GB Hard Drive, XP Home, 3 Cell Battery) Black
1 Used & new from $499.99

というのがヒットしたので、499.99 は、$200-$499 に含まれていることが分かった。やっぱり 499 というのは、500 未満という意味だ。ハリケーンの推論では、後者が正しいに違いない。
ではアメリカではカテゴライズの表現としてこれが主流かと言うと、必ずしもそうとは言えない。次の例は、筆者から見てかなり違和感の小さい例である。

ZIP code 20817 の、世帯収入別人口構成比(2007)

Income Range Ratio
Income Less Than 15K 2.75%
Income between 15K and 25K 1.77%
Income between 25K and 35K 2.24%
Income between 35K and 50K 4.76%
Income between 50K and 75K 10.17%
Income between 75K and 100K 11.34%
Income between 100K and 150K 23.70%
Income between 150K and 250K 24.81%
Income between 250K and 500K 11.25%
Income greater than 500K 7.20%

比較的裕福な層が多いことが分かるが、今回はそれはどうでもよい。Between という単語を用いている。だが厳密に言うと、セント単位まできっちり 50K の人は、"between 35K and 50K" と "50K and 75K" のどちらに分類されるのだろう。従って少々違和感は残る。

日本ならば、次のように記載するのが通常である。

スピード違反の点数と反則金

速度超過の範囲 点数 反則金(円)
15km未満 1 9,000
15km以上 20km未満 1 12,000
20km以上 25km未満 2 15,000
25km以上 30km未満 3 18,000
30km以上 35km未満 3 25,000
35km以上 40km未満 3 35,000

「以上」と「未満」を用いて、どんなに特殊な値が発生しても迷うことなく必ずどこかに分類できる。

このような切り分けの仕方はその他色々な局面で見られる。11:00~12:00 という意味を表すのに 11~11:59 と書く例もある。ちなみに毎正時 00 分の時は、":00" を書かない場合が多い。省略できるものは出来るだけそうしようという基本的な考えでもあるのだろうか。
イベント等の日時の表示に関しては、次のような例も多い。

Saturday, December 6th from 1 – 4 p.m.

"to" が "-" にとって代わられているのである。"-" は通常 "between" の意味を持つのであって、時間の終点を示す "to" の意味を持たない。従って上の表示だと、「1 時から 4 時の間のいずれかの時点から開始される」(= 2 時開始かも知れないし、3 時開始かもしれない)と読めてしまう。しかも 4 時には pm がついているが、1 にはついていない。よって、これが午前 1 時でないとも限らない。まあ普通、そんな時間に始まるイベントなどないから、常識的に 1pm ~ 4pm のことであると推測はできる。しかし "8 - 10" あたりだと、"8am - 10am" なのか、"8pm - 10pm" なのか、はたまた "8am - 10pm" なのか、かなり分からない。イベントの性格やバックグラウンドをかなり良く知っていないと判断がつかない。新聞記事などでは字数を極力少なくしようとするせいか、このような例は非常に多い。日本であれば基本的に 24 時間制を用いるので混乱することはない。

この、12 時間制を用いる習慣は実に徹底していて、列車や飛行機の時刻表まで全て 12 時間制である。アムトラックの時刻表では、"8 40A" だとか "10 45P" などと書いてある。それぞれ意味はお分かりであろう。おまけに、午後の時刻は太字で印字されている。この午後を太字にするのはアムトラックに限ったことでなく、多くのバスや列車の時刻表で採用されている方式である。A とか P とかだけでは間違いやすいからであろうか。それならば 24 時間制にしてしまえば良いのに、と思う。ついでに言うと、"12 15P" という表記は、24時間制で言う 0:15 であろうか、12:15 であろうか? 答えは当然と言えば当然であるが、後者である。何しろ午後だから。が、日本であれば、この時刻を「午後」を使って表現する場合、何と言うだろうか? 「午後 0 時 15 分」と言うのが普通である。こちらの 12 時間制は、そういう意味で典型的な 12 進法になっていない。正当な 12 進法は、0 ~ 11 の 12 個の数字を用いるが、こちらは 12 および 1 ~ 11 という 12 個の数字を用いているのである。
さて、ぴったり正午の場合は何と表現するのだろうか? アムトラックの時刻表では "12 00N" と表示されている。言うまでもなく "noon" の N だ。この一瞬だけ A でも P でもないらしい。とすると深夜零時はどうだろうか。残念ながら手元にある Northeast Corridor の時刻表では、深夜零時が1箇所も出てこない。が、2箇所ほど "11 59P" というのがある。アムトラックの運行なんて1分程度は全く誤差の範囲なので、これは深夜零時の意味だろうと推測する。
なお、公共交通機関の時刻表で 24 時間制を使用しているのは、筆者の知る限り(と言っても日米欧しか知らないが)、驚くことに日本だけである。

アメリカでは 12 時間制であるというのは、PC の上でも実験してみることが出来る。XP や VISTA なら設定が簡単だ。XP なら、コントロールパネルから「地域と言語のオプション」を選び、言語として「英語(米国)」を選ぶと、右下の時刻表示が 15:46 だったものが 3:46 PM に変わる。

さて、上で日本の免許制度におけるスピード違反を記したが、Maryland ではどうだろうか。次のようになっている。

Speeding in excess of the posted speed limit by 10 miles an hour or more 2 points
Speeding in excess of the posted speed limit by 30 miles an hour or more 5 points
Speeding in excess of a posted speed limit of 65 miles an hour by 20 miles an hour or more 5 points

単にこのように書いてあるだけだ。面倒なので現在地の速度制限が 55 MPH だとすれば3行目は無視できる。そこでの 15 MPH の速度超過は 2 点減点であることがわかる。しかし 32 MPH だとどうか。1行目にも2行目にも該当する。2 点なのか 5 点なのか? 当然 5 点ではあるが、それは2行目のどこにも書いていない。「複数に該当した場合は重い方を採る」という条件を補足しているから分かることだが、論理的に言えばこの表現は失格である。また3行目との優先順序も同様である。55 MPH 制限時の 25 MPH オーバーは当然 2 点であるが、65 MPH 制限時の 25 MPH オーバーは 2 点なのか 5 点なのか? この場合も重い方を採る前提を当てはめて 5 点であろう。制限速度が速いときは、30 MPH までオーバーしなくても、早々に 20 MPH オーバーの段階で 5 点とりますよ、ということに違いない。

これは州法であるが、かようにいい加減に出来ているように見える。もっとも別のところに「複数に該当した場合は重い方を採る」と断り書きがしてあるのかも知れない。日本でも「免許不携帯で速度違反」などということはあり得るわけで、「重い方を採る」と書いてあったと思うが、速度の分類にもそれを当てはめ、「○○以上××未満」等と書かないで済ますところは合理主義も行き過ぎのような気がする。

もっとも、英語には「以上」「以下」いう便利な単語がないのも事実である。日本語に「未満」に対応する「~を超えて」という単語がないのと似ているかも知れない。以下にちょっと日米対応をさせてみる。

10 を含まず、10 を超えて:over 10、more than 10 等
10 を含まず、10 未満:under 10、less than 10 等
10 を含み、10 以上:10 or more
10 を含み、10 以下:10 or less

1行目以外は日本語としては「二重の重複」になっているがご勘弁願いたい。「以上」「以下」は1単語では表せないのである。

日本語はその構造上、あいまいさが際立つ言語であり、英語はその逆と一般には言われているし、筆者も間違いなくそうだと思う。が、言語の体系上はそうなのであろうが、数字の取り扱いそのものについては、日本の方がはるかに厳格である。仕事のやり方にしても、こちらでは容易に「そんな細かいことどうでもいいじゃん」となるのに対して日本では「細かいところまできちんとするべき」と考えるのが普通だ。日米間で仕事をするとこうした違いが際立ち、双方でフラストレーションが溜まることが良くあるが、そうした違いが数字の取り扱いにも現れているのかも知れない。

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2008年11月 6日 (木)

Police

普段あまり厄介になりたくない組織の一つに警察がある。
日本では都道府県単位に警察本部がある。東京都なら当然警視庁であるが、街を走っているパトカーには全て「警視庁」と書かれている。それぞれのパトカーはどこかの警察署またはいずれかの交通機動隊に属しており、その表示を見れば所属が分かる。カラーリングが白黒で統一されているのは言うまでもない。赤色回転灯の仕様も共通だ。

ところが、である。Bethesda や Rockville あたりで生活していると、実に多様な警察を見かけるのである。MD State police(MDSP)、Montgomery County Police Department(MCPD)、Rockville City Police Department(RCPD) のほかに Sheriff のクルマも見る。パトカーは全てカラーリングも仕様も異なる。
組織は、MDSP の下に MCPD があり、さらにその下に RCPD があるのだとすれば、警視庁の本庁 - 方面本部 - 警察署 という例えに近いが、日本ではそれぞれパトカーを持っているというわけではない。もしそのようなパトカーが存在するとすれば、東京のある区では、その区の所轄警察のパトカーが巡回しているのと同時に方面本部所属のパトカーも巡回し、本庁のパトカーも巡回しているということになるわけだが、日本はそういう風にはなっていない。

こちらはそれぞれがパトカーを持っており、例えば Rockville だと、上の全てのパトカーを見かけるのである。そもそも組織上、RCPD が MCPD の下部組織であるというわけでもなく、MCPD が MDSP の下部組織だというわけでもない。それぞれ独立した自治体である MD State、Montgomery County、Rockville City のそれぞれが独自に police department を持っているということなのである。そういうわけで Rockville には次のような警察署がある。

MDSP Barrack N(MDSP N 分署)
MCPD 1st District Station(MCPD 第1分署)
RCPD

色々調べてみたのだが、どの警察がどの業務を分担しているのか結局良く分からない。ただ、MCPD と RCPD のページを見ると、emergency 時の電話番号は 911 で共通している。つまり、911 にかけると、MCPD と RCPD の共同指令センターのようなところにかかるのであろう。一方、非 emergency 時の電話番号は、それぞれ別の番号が書いてある。一方 MDSP では、「非常時は 911、それ以外はこちら」という表示がなく、各 Barrack ごとの電話番号が書いてあるだけだ。では、非 emergency の場合、これら3つの警察のどれに電話をすれば良いのであろうか?

クルマを運転していて、事故を起こしたり起こされたりした場合、保険の処理のために事故証明書が必要なのは日米とも一緒である。日本であればこの事故証明は、事故現場を所轄する警察署で取得できる。所轄の警察署は当然1つしかないので、どこに行くべきか悩むことはない。ところがこちらでは、上の3つの機関ともそれを発行するらしい。事故証明(police report)は、実況検分の結果に基づいて発行されるわけだが、3つのうち実況検分を行った警察が発行するのだろうと「推察」する。ではそもそも、どの警察が実況検分を行うのか? 人身事故でない場合、通常、連絡先は 911 ではない。従って非 emergency の番号にかけることになる。非 emergency の番号は3つの警察で異なるので、要するに最初にどの警察を呼んだかで決まるのではないかと思う。しかし、である。例えば Rockville であれば上の3つとも番号はちょっと調べればすぐ分かる。しかし事故現場でそれを初めて調べるのは無理がある。事故は Rockville で起こすと決まっているわけではなく、旅行先のアリゾナの名前も知らない土地で起きるかも知れないのに、それを前もって調べておくのは不可能である。このあたり、実際にはどうなっているのだろうか? 今もって不明である。

ところで、映画やテレビで舞台となる警察と言えば、LAPD か NYPD である。これはどちらも city police だ。大きな市では自前の警察を持っているということだろう。Rockville City は Maryland 第3の市で(と言っても人口は 55,000 人しかいない)、そのため規模は NYPD の何百分の1しかないものの、自前の警察を持っているのだろう。Maryland 第1の都市である Baltimore にも、第2の市である Gaithersburg にもそれぞれ自前の警察がある。ところが、例えば Rockville の南隣の Bethesda には自前の警察がない。従って Bethesda は MDSP と MCPD がカバーするのだろう。

ところが、county police というのは、全米でも 80 しかないそうで、その多くが大都市周辺のメトロエリアに存在するようである。一見すると東海岸が多いようである。数え間違いはあるかもしれないが、州別に多い順に並べると、Georgia (11)、Virginia (10)、New York (6)、Maryland (6)、New Jersey (5)、Pennsylvania (4) などとなっている。
逆に言えば、全米でもそれ以外の場所では county police は存在しないわけで、自前で city police を持てるほど大きな市もそうそう多いわけではないことからすると、全米の殆どを占める中規模以下の市では、state police しかないのが普通なのであろう。

一方、sheriff のクルマも見かけると書いた。Sheriff とは保安官のことかと思っていたが、選挙で選ばれる county の最高職だそうで、司法権と警察権を持つ「郡保安官」なのだそうだ。現実問題、この sheriff の役割は州によって随分違うらしいが、税金を徴収したりもするらしい。また county police があるような場所では、sheriff の役割は随分軽減され、county court の運営専門だったりするらしい。逆に田舎町であれば、きっと昔の西部劇のように、今でも警察権をもつ信頼のおける「保安官」なのだろう。が、ここ Montgomery County ではどうなのだろうか。まして city police まで存在する Rockville では?

Montgomery county から1歩南に出ると、そこは DC である。全米でも DC は特別なところで、その中には county もなければ city もない。ホワイトハウスの住所は、1600 Pennsylvania Ave, Washington, DC 20500 などと表記する。比較のために NIH の住所を書いてみると、9000 Rockville Pike, Bethesda, Maryland 20892 となるわけだが、あたかも DC という州があり、その中に Washington という city があるかのような表記である。現実問題、DC は city でもあり county でもあり state でもあるようなものである。警察はというと、当然1つの組織しかない。Metropolitan Police Department という。これを略すと MPD になり、実際そのような表記も見かけることはあるが、通常は MPDC である。パトカーにもそのように表記されている。NYPD のパトカーの数は唖然とするくらい多いが、MPDC も負けじと多いように見受けられる。平日も休日も本当にサイレンを鳴らして走るパトカーが周囲に常時1台はいるのではないかと思うくらいうるさい。

ちなみに、上のように行政区域ごとに存在する警察のほかに、行政府の建物を警備する Federal Protective Service、郵便局の建物や車両などを警護する postal police、国立公園を警護する Park Police、アムトラックの駅・車両を警護する Amtrak Police のようなものもある。さらに NY などの大都市では、特定の施設を警護する New York City Port Authority Police や MTA police のようなものもある。この界隈だと NIH Police というのがある。捜査権限などがどのようになっているのかは全く分からない。

いつぞや、MPDC から手紙が届いた。知らないうちにスピード違反をしていたようだ。きっちりオービスに写っていた。17 マイルオーバーで 80ドルくらいの反則金を払ったが、面白いことにこちらのオービスは、車両通過後、後から撮る。だからかどうか分からないが、ドライバーの特定が出来ない。よってクルマの所有者が反則金を払う。ドライバーの免許が汚れることはないのはありがたい。さらに面白いと思うのは、この反則金の支払は、チェックを郵送しても出来るが、オンラインで支払うこともできる。オンラインで支払う場合はクレジットカードも使用できる。
クレジットカードは MVA や郵便局などでも使用可能で実に便利なのだが、公金をクレジットカードで支払うというのがいまだちょっとピンと来ない。逆に、日本もそうしてくれれば非常に便利なのだが。先日、在ワシントンの日本大使館でパスポートを発行してもらったが、費用の 142 ドルは現金かマネーオーダーのみ受け付けるとのこと。100 ドルを超える現金など久々に持ち歩いた。

まあ反則金の支払は簡単だが、警察にはなるべく厄介にならないようにしたい。

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2008年10月31日 (金)

American System of Units

前々から感じていたことだが、メートル法に慣れた人間からすると、アメリカの単位系は非常に分かりづらいものがある。1 mile ≒ 1.6 km だの、1 inch = 2.54 cm だの、1 foot ≒ 30cm だの、1 yard ≒ 90 cm だのということは良く知られたことであるし、毎日接する単位であるので、このくらいの単位であれば、すらすら「だいたい2インチくらい」などと表現できるほど、違和感はなくなっている。筆者はゴルフをやらないが、ヤードに違和感を持たない人も多かろう。車を運転していればイヤでもマイルには慣れる。目的地まで 80 マイルであれば、時速 60 マイルで走って 80 分という計算が即座に出来る。むしろ下手に km で表現されるとマイルに換算しなおしたりする。

oz、lb、fl.oz、pint、gal などの単位も主として食生活を中心に毎日接するのでこれも既に違和感はない。肉屋で「○○を half pound」などと注文できる。肉や魚介類、また量り売りのデリやチーズ、ハムなどの単価表示は「ポンドあたりいくら」となっている。しかしこれらのものをオーダーしたり、既にパックされた切り身等の重量は、1 lb 3 oz などと表現しない。1.36 lb などのようにポンドのみで表現される。これは当然で、$9.99/lb のサーロインは 1.36 lb の切り身で 1.36 x 9.99 = 13.58 ドルであると容易に計算できるからだ。もし 1 lb 3 oz と表現すると、(1 + 3 / 16) x 9.99 と計算することになり、ちょっと暗算できない。
単位系自体は 16 進法やら 12 進法になっているのに、都合に応じて 10 進法を取り入れるところが何ともおかしい。量り売りを注文するときも、5 oz くれなどとは絶対に言わない。必ず lb 単位だ。Lb 以下の単位は oz を用いず、half pound、quarter pound を用いる。1/8 pound というのは見たことがない。実際 quarter pound は、だいたい 100g と思えば良いので、これより小さい単位は通常必要ない。

容積も同様で、牛乳のパックは通常 1 gal で売られているが、それより小さいものは 1/2 gal、1/4 gal などである。1/4 gal のパックは、ほぼ日本の 1 L パックと同等に見える。缶ビールは 12 fl.oz. 入りが最も普及しているが、16 fl.oz. も多い。16 fl.oz. は 1 pint = 1/8 gal であるが、16 fl.oz. の代わりにこれらの表現を用いることはない。ガソリンの単価は当然 gal 単位で表現される。しかし、実際のガソリンポンプは、gal 以下の単位を用いない。満タンで 12.567 gal などと表示される。理由はサーロインと同様であろう。

このあたりまではまだ良い。しかし、これら単位同士を掛けたり割ったりするともう既に実感がわかなくなる。例えば燃費。筆者の車の燃費は街乗りで 24 MPG、高速で 30 MPG くらいであるが、この数字、ピンと来るであろうか。MPG は、mile per galon の略である。燃費のことを mileage と呼ぶこともあるが、MPG と言う方が多いように思う。車に関する話題では、タイヤの空気圧が難しい。筆者の車の適正空気圧はだいたい 31 lb/in2 である。日本では 2.2 kg/cm2 を目安にしていたが、これを lb/in2 に換算するためには、2.2 / 0.45 x 2.542 という計算をする。流石に2乗が入ってくるととても暗算では無理だ。

同じ空気圧でも、天気の場合は水銀柱を用いる。1気圧は 760 mmHg であるが、この mm の部分がインチに置き換わる。よって1気圧は 24.93 inHg である。Bethesda の現在の気圧は、"30.48 in and rising" となっている。
天気関係では風速が面白い。Bethesda の現在の風向・風速は "WNW 17 mph" とのことである。風速の単位として日本では通常 m/s を用い、こちらは車の速度と同様 mph を用いるが、風速に関してはこちらの方が合理的のように思う。長年 m/s で暮らして来たので、最大風速 45 m/s の台風と言われれば、相当大変台風だと分かるが、それが実際 km/h にするとどれくらいになるのか直観では分からない。計算してみると、45 / 1000 x 3600 = 162 km/h となり、無謀運転の車と同じくらいということになる。こちらのハリケーンの category は、風速で定められており、Cat 1: 74-95 mph、Cat 2: 96-110 mph、Cat 3: 111-130 mph、Cat 4: 131-155 mph、Cat 5: 155 mph+ となっている。Hurricane Katrina の Louisiana 上陸時の風速は 125 mph で Cat 3 であった。これを日本式に換算すると、約 56 m/s である。たしかにとてつもない規模である。

車に戻ると、ボルトナットが悩ましい。日本なら直径 6 mm のボルトの頭部は 10 mm で「トオミリのメガネ」などを用いるが、こちらの単位は当然インチである。しかしインチ以下の単位はない。かと言って 0.3 in という表現をするわけでもない。どうするかと言うと、まず 1/2 を用い、それで足りなければ 1/4 を用い、以下 1/8、1/16、1/32 を用いる。10 mm のナットに近いのは 3/8 in のナットであろう。しかし筆者の車は日本車であるので、ボルトナット類はすべてメートル法である。ヨーロッパ車もそうに違いない。修理工場は双方を揃えておく必要があり、面倒なことだろう。

ところで慣れるのに難しくない距離の単位に関してであるが、12 in で 1 ft、3 ft で 1 yd まではまあ良い。しかしその次が??? なのである。1 mi は 1,760 yd なのだ。フィートで言えば 5,280 ft だ。この 1,760 という数字、12 や 16 の倍数かと言うと、確かに 16 の倍数ではある。が、16 の 110 倍なのである。ここで 11 という妙な約数が出てくるのが解せない。

調べてみると、mi は in・ft・yd とは全く別の出自を持っていることが分かった。以下は日本語版ウィキペディアの引用である。

古代ローマには、2 歩(片方の足を踏み出してから次に同じ足を踏み出すまで)分の長さに相当する "passus" という単位があった。これの 1,000 倍の "mille passus" がマイルの由来とされている。1 passusは 5 フィートだったので(ただしこのフィートは現在のものより短い。現在のフィートでは約 4.83 フィートとなる)、1 マイルは 5,000 フィートとなる。1593 年、エリザベス 1 世によって、1 マイルは 8 ハロン(5,280 フィート)と定められた。

古代ローマ時代の 1 マイルは、概ね 1,480 m だったらしい。それが今より短い当時のフィートで 5,000 ft だったという話である(逆算すると当時の 1 フィートは、約 29.6cm ということになる)。その後マイルとフィートは別々に変化した結果、1593 年に1マイルを 5,280 フィートと「決め」たという話である。単に「決め」の問題なのであれば、5,281 フィートでも 5,290 フィートでも良かったのだろうが、とにかくそう決めた。その結果、11 という変な約数を持つ倍数になってしまったということらしい。

さて1次元の話をしたら、2次元の話もせねばなるまい。こちらで住宅やオフィスの面積などを表すのは sq.ft. である。なぜか余り ft2 とは書かないようだ。筆者の住んでいる部屋は 1BR(1 Bed Room)で 740 sq.ft. である。当初、これを図面で見たとき、広いのか狭いのか面食らってしまう。が、何のことはない。ざっくりと 1 ft を 0.3 m とすれば、1 sq.ft. は 0.09 m2 である。ということは 筆者の部屋は 67 m2 ということになる。電卓が手元にない場合は、0.1 を掛ければそれほどはずれない。これは慣れればなんということはない。が、大きな家の敷地面積となると、sq.ft. は用いない。Acre を使う。
PA の知合の家の敷地面積は 17 acre だそうだ。AZ の知合の家の敷地面積は 2 acre だそうだ。こう聞いていまだにピンとこない。昨晩 acre というのがどういう単位か調べてみてまた??? となった。1 acre は、4,840 sq.yd.、フィートで言うと 43,560 sq.ft だと言うのである。4,840 は、12 でも 16 でも割り切れない。ちなみに 11 では割り切れる。ということはマイルと関係がありそうだが、一体どこから来たのであろうか。以下はまたウィキペディアの抜粋である。

エーカー(acre)という名前は、ギリシャ語で牛の軛(くびき)を意味する言葉に由来する。そこから、「雄牛 2 頭引きの犂を使って 1 人が 1 日に耕すことのできる面積」としてエーカーという単位が作られた。
1277 年、イギリスのエドワード 1 世が、「4 ロッド × 40 ロッドの土地の面積」を 1 エーカーと定めた。この定義は「法定エーカー」と呼ばれる。1 ロッドは 5.5 ヤード、16.5 フィートであるので、1 エーカーは 4,840 平方ヤード、43,560 平方フィートとなる。これは今日の定義と同じである。なお、4 ロッドをチェーン、40 ロッドをハロンという。1 ロッド×1 ハロンの面積をルードというので、1 エーカーは 4 ルードとなる。

なるほど。これも「決め」の問題だったわけだ。ちなみに「4 ロッド × 40 ロッドの土地」をヤードで表すと「22 ヤード x 220 ヤードの土地」ということになる。また 11 という約数が出てくるが当然である。長方形の長い方の辺は 220 ヤードであるわけだが、これは上に書いてあるとおり 1 ハロン = 1/8 マイルだからだ。そして短辺はその 1/10 という風になっているからである。ということは、square mile という単位を持ってくるとすると、1 square mile = 640 acre ということになる。MD 州の面積は、12,407 sq mi だそうだ。これをメートル法に直すと 32,133 km2 である。ちなみに東京都の面積は 2,187 km2 であるから、全米で 9 番目に小さい州である MD でも、東京の 15 倍程度広いということになる。

ところで、上の PA の知合の家の敷地面積をメートル法に直すとだいたい 69,000 m2 ということになる。東京ドームのグラウンド面積が 13,000 m2 とのことだから、それの5倍少々ということになる・・・

今度は逆に小さい方の話。重量の最小単位は oz、容積の最小単位は fl.oz. である。前者を g で、また後者を ml で表すと、微妙に異なるがどちらも大体 30 近くの値となる。そうすると、1 g とか 5 ml とかの小さい量を表すのに、随分具合が悪くないだろうか。そう思って、食品や薬品などを調べてみた。食品では実際の入れ目がそんなに小さい製品はなかなかないが、イーストを見たら1袋 "1/3 oz" 入りだった。栄養成分表示の欄を見ると、"serving size" という欄がある。一人1食何 oz になるか、というものであるが、油やマスタード、ソースなど、1 tsp や 1 tbsp などとなっているものが多い。ここで 1 tsp (3 g)とか 1 tbsp (17 ml)などと表示されているものが圧倒的で、括弧の中が oz 表示になっているものはなかった。つまり、これくらい小さい量になると、メートル法がかなり浸透しているようである。

目薬の容器などは微妙であった。0.85 fl.oz.(25 ml)というものもあり、1/2 fl.oz. (15 ml)というものもあった。前者はメートル法で設計してオンスに換算していると思われる。後者はその逆であろうか。前者がヨーロッパの製薬会社の製品で、後者がアメリカの製薬会社製だったりすると面白い。

さらにもっと小さい量になると、これはもうメートル法しか見つからない。医薬品の有効成分の配合量などはどれをとっても mg 表示である。科学の世界は万国共通でメートル法だからであろう。いかなアメリカでも重力加速度の単位は m/s2 であろう。yd/s2 ではないと思う。エネルギーの単位 cal は CGS 単位系でも SI でもないが、1 g の水の温度を 1 度上昇させるのに必要なエネルギー量を言うわけであって、前者はメートル法、後者は摂氏である。そうするとアメリカでは科学をやるのにいちいち換算するのだろう。

Q1:100 ヤードの高さから上向きに初速度 30 MPH で打ち上げたボールは、何秒後に地上に落下するか。
Q2:水温 60 °F の水を 85 °F にするには何カロリー必要か

御苦労なことである(Q2は例題としては適切ではないが)。

科学ついでに、有効数字という考え方がある。同じ "1" でも "1" と書くのと "1.0" と書くのでは意味が違う。前者は 0.1 の位を四捨五入して 1 になる範囲、即ち 0.5 以上 1.5 未満の範囲を指す。後者は 0.01 の位を四捨五入して 1.0 になる範囲、即ち 0.95 以上 1.05 未満の範囲を指す。

さてここに 1 oz. 入りのソースがある。1 oz は 28.35 g であるから、これをグラム表示すると言うまでもなく 28.35 g である。これを良く 1 oz. (28.4 g)などと表示する。が、前者は有効数字1ケタなのに対して後者は3ケタである。数字の精度が全く違うのにそう書く。已むを得ないのだが気持ち悪い。気持ち悪いが已むを得ない。

また、こちらでは単位未満の値を表す方法として 1/2、1/4、1/8、1/16・・とすることが多いと書いた。フリーウェイでは Next exit 1 mile と来ると次に next exit 1/2 mile、さらに next exit 1/4 mile などと表示されている。これは良く分かる。
しかしこれを 0.5、0.25、0.125・・・と表現することもある。これはやはり気持が悪い。これでは分割すればするほど有効数字が増え、精度が増すことになる。もともとの考え方は、1を半分、さらに半分・・・というわけだ。よって半分にするときの誤差が、例えば ±10 %なのであれば、その次に半分にするときの誤差も±10 %であろう。具体的に言うと、1を半分にしたときの結果が 0.50 ±0.05 となるとしよう。であれば、その次に半分にしたときは 0.25 ±0.025 になるはずで、誤差の絶対量は前回の半分にしかならない。これを、0.5、0.25 と表示したのでは誤差の絶対量が 1/10 になってしまう。0.125 だと 1/100 だ。そんなわけはない。これはとっても気持ち悪いのである。

素直に 1/2、1/4・・・ と書いて欲しいものである。

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2008年10月24日 (金)

Bank

昨日、銀行に行って来た。海外送金をするためだ。
ロビーに入った後の基本的な動作は2種類ある。テラーの列に並ぶか、並ばないか。

こちらのテラーは、日本の銀行と違い、立っている。客の側にもイスはない。よってカウンターを挟んで立話という形になる。テラーが扱うのは、主として現金やチェックのデポジット、現金の払い出しなどの簡単で頻度の高い取引である。テラーの列の脇には日本と同様、用紙と記入台が置いてあり、並んでいる間にそこに記入する。しかし上記の通り、取引はチェックのデポジット等に限られているため、置いてある用紙もデポジットスリップ(入金票)だけである。しかしテラーがデポジットしか取り扱わないなどとはどこにも書いていない。

では定期預金や海外送金、口座開設、住所変更など、上記以外の取引はどうなるか。日本だとローカウンターに案内されると思う。ところがこちらにはローカウンターというものはない。あるのは個室だけである。よって個室に案内されることになるわけだが、ロビーに入り、テラーの列に並ばない動作をすると、フロアの案内係が「今日はどのようなご用件で?」と聞いてくる。「海外送金に来た」などと言うと、「承知しました。お名前は?」と聞かれる。答えると名前と用件・取次時刻をメモして所定の場所に置いておく。客は待合所で雑誌や TV などを見ながら名前を呼ばれるのを待つ。個室はいくつかあって、それぞれ行員が客対応をしているわけだが、前の客の対応が終わった行員が個室から出てきて次のメモを取り、名前を呼ぶ。自分の名前が呼ばれて答えると、「こちらへどうぞ」と個室に案内される。この際、行員によるが「本日担当させていただきます○○です」などと言いながら握手をすることもある。

個室はガラス張りで、またドアを閉めることはない。個室の中にはL字型の机が置いてあり、その一辺が壁に接し、もう一辺が個室の中央を横切るように設置してある。これがカウンターの役目をする。とは言えこのカウンターの長さは部屋の3分の1程度しかないため、あからさまに彼我を隔てている感じはしない。そのカウンターの上にPCが置いてあり、当然だが全ての取引はこの PC を用いて行われる。ちなみにマシンは専用端末ではなく、ごく普通の Win マシンのようだ。ソフトは当然ながら専用ソフトらしい。

不思議なのは、客が手を伸せばキーボードに触れることは出来るし、ちょっと回り込めば画面を覗き込める状況にあることだ。実際ディスプレイをこちらに向けて、取引内容を確認させられることもある。さらに不思議なのは、必要事項を打ち込み終えると「ちょっと失礼します」と言って部屋を後にし、取引記録の出力をプリンタまで取りに行ったりすることである。その間、PC は無人の状態で放置されている。カードリーダなどでキーボードをロックしているようにも見えないが、何か対策がしてあるのだろうか。

さて個室に案内されたあと、いつも必ず腹がたつ質問が発せられる。「今日のご用件は何でしょうか?」である。メモに書いてあるのに、必ず聞かれる。見ないのか、確認のため再質問するマニュアルになっているのか。

これは銀行に限らず、かなり広範な機会で同じことが当てはまる。たとえば医院。

電話で予約を取る段階で当然診療内容を伝える。予約の当日、窓口でまた診療内容を聞かれる。診察室に入るとナースが診療内容を尋ねる。最終的に医者が入ってくると、また診療内容を尋ねる。全く引継ぎがなされていないのか、敢えてやっているのか? 話の逸れついでに、ER。

筆者は幸いにも行ったことがないが、次のような状態であると聞いている。ちょっと風邪をこじらせてER に駆け込むと、まずナースに状態を尋ねられる。ああ良かった、診て貰えるんだと思うと、そのまま3時間待たされる。そうすると助手がやって来る。やっと医者に診て貰えると喜ぶと、また状態を尋ねられて、ではしばらく待てと言われる。さらに待つこと3時間。今度は違う医師が来て、ここで先ほどのは助手であることが分かる。また状態を尋ねられて、「では薬局で Tyrenol でも買って飲んでおけ。今日はこれで終わり」と言われておしまい。

この ER の話は、こちらではトリアージュがきちんと機能していることを如実に示している。ER に来る患者が多すぎるため、重症の患者ほど優先して診療しているのだ。最初のナースと次の助手がそれぞれの時点における重症度を判別しているものと思われる。つまり、長く待たされれば待たされるほど、軽症と診断されているわけだ。喜んだ方がいいかも知れない。

ちなみに ER を訪れる患者がどうしてそれほどまでに多いのか。理由の一つに、医療保険制度の問題がある。こちらは国民皆保険ではない。公的保険としては、低所得者向けの Medicaid、高齢者向けの Medicare があるが、普通の勤労所得者には公的医療保険はない。よって自分で民間の医療保険を選んで加入しなければならないが、この保険料が非常に高い。安い保険を選ぶことも出来るが、当然保障内容も低くなり、保険に入っている意味が薄れたりする。こうした事情で、Medicaid を受給するほど低所得ではないが、かと言って保険に加入できるほど高収入でもないという理由で、無保険状態の国民が 4000 万人ほどいると言われている。通常の医療機関では、初診時に保険のカバー内容を確認するが、無保険であることが分かると治療が拒否される。このため無保険の患者が治療を受けようとすると、ER に駆け込むしか選択がないのである。ER は人命優先のためか、無保険患者を拒否しないからだ。

銀行の個室に戻ろう。ムッとしながらも「海外送金に来た」と言うと、まず ID を見せろと言われる。これは当然なのでムッとしない。自分の口座から海外送金をするのであれば、日本だと通帳と印鑑は必須であるが、こちらではどちらも不要だ。というよりどちらもそもそも存在しない。そのため本人確認は必須なのであろう。では、会社の口座から海外送金をする場合、銀行はどうやってその客が正当な担当者であることを確認するのだろうか? 結論を言うと、どうも確認しているようには見えない。ID を確認し、住所等を記録しているので、事後問題があった場合、その送金をしに来た客を特定できるのでヨシとしているとしか見えない。

ここで銀行が住所等を記録していると書いたが、書くのは住所等だけではない。送金元口座の情報、送金先口座の情報、金額等、すべて銀行側が書いて行く。日本であれば、海外送金ならそれ用の用紙が置いてあって、客が自分で全て書き込む。銀行サイドはそれを受領し、処理情報を記入し、行内で保存すると思うが、こちらではそうではない。全て銀行が書き、客はそれにサインするだけだ。これは恐らく本来客が書くところを銀行が代行しているのだと思う。客に書かせると全然出鱈目な書類になってしまうだろうか? 海外送金以外の取引も、客が記入するのはサインだけだ。そのため日本ならずらりと並んでいる各種用紙が、一切置いてない。全て担当者のデスクの中に置いてあり、取引内容によって担当者が該当する用紙を取り出して記入する。

そうして全て書き終えると、今度はそれを PC に入力していく。ブラインドタッチは当然なので、キーボードを叩くスピードは遅くないのだが、どういうわけか全項目を入力し終わるのに非常に時間がかかる。PC 入力に時間がかかるのはどの場面でもそうだ。Social Security Office でも、Motor Vehicle Association でも全部そうだ。客が書類を書かなくて良いのはいいが、とにかく待ち時間が膨大になる。

海外送金では、非常に驚いたことがいくつかある。スウェーデンに 90,400 クローネ(SEK)を送金しようとしたときのこと。若い行員が、USD で幾ら送るのか? と聞く。

筆者:いや USD ではなく SEK で送りたいんだ。
行員:だからそれは USD で幾らになるのか?
筆者:今日の為替レートなんて知らない。そっちが知ってるはずだ。
行員:俺は知らない。
筆者:俺だって知らない。
行員:それが分からないと送金できない。
筆者:だから、換算した USD 相当額を USD で送るのではなくて SEK のまま送るんだってば。
行員:そんなことは出来ない。
筆者:出来ないはずない。実際何度もここでそれをやっている。
行員:One minute...

と言って席を立ち、誰かに聞きに行った模様。外貨建ての送金は出来ないと信じているようだ。出来ると言われて帰ってきたらしく、今度は PC に向かうが、どこに何を入力したらよいのか分からない模様。今度は受話器をとって、どこかに電話をかけている。電話で操作を聞くつもりらしい。しかし、相手が一向に出ない。こりゃ最低でも 30 分はかかるなと思っていると、同僚がランチを買って帰って来たらしく、この個室の前を通りかかった。Peter, Peter! と呼びかけると同僚が入って来た。Peter は用件を聞くとあっさり問題を解決。やれやれ 15 分で済んだわい。Peter がこの無能な行員に教えていた通り、通貨として SEK を選択し、値に 90,400 を入力すればその日のレートで USD が自動入力されることになっているくらい筆者でも想像がつく。ちなみにスウェーデンからの請求書には、"SEK 90.400,00" と書いてある。ヨーロッパと日米ではカンマとピリオドの使い方が逆なのである。この無能な行員がこの数値を見て正しく "90,400.00" と判断できるかヒヤヒヤものだったが、これは杞憂に終わった。

ところで、ヨーロッパ向けの送金では送金先口座番号としては IBAN 番号を使うのが常識である。IBAN 番号は、国名・銀行名・支店名・口座番号を全部数値化した番号で、やや長いがこれさえあれば銀行名をタイプミスすることもない。実際にはIBAN 番号が不明でも銀行名・支店名・口座番号等が分かれば送金は出来る(事実昔はそうだった)のだが、アメリカの銀行でも「IBAN 番号がないと送金できない」と拒否されるケースがある。気持も分からなくはない。が、この無能な行員は逆だった。IBAN を良く理解していないらしく、せっかく IBAN 情報が分かっているのに、それを無視。「あの~、IBAN 情報はここにあるんだけど」と言うと、彼は「いや、SWIFT コード+口座番号」でないとダメだと時代遅れも甚だしいことを平気で言う。ま、それでも送れるからいいけどさ、タイプミスしないでよ?

さて外貨建ての送金なら、例えば上の SEK 90,400 が最終的に今日のレートで USD いくらになったのか、送金手数料がいくらだったのか、またこの取引によって口座残高が幾らになったのか等の計算書が出てくるのが普通と思うのだが、こちらではどうやらそうではないらしい。全部入力が終わると、画面のハードコピーをとっているようだが、その段階で、"Now we are ready.  Thank you.  Have a great day." と言われてしまう。計算書は出ないのか? と聞くと、「出ない。」 じゃあ、最終的にドルで幾らだったのか? と聞くと、紙切れにメモを書いて寄越すだけ。うーむ、信じられない。

全くアメリカの銀行ってのは信じられないことばかりだ。ATM でのデポジットも、チェックをまとめて封筒に入れ、ATM の挿入口に入れる。では金額はどうするのか? 客がテンキーで入力するのだ。実際の金額と違う金額だって入力出来る。この場合あとでモメるのだろう。うーん、超ローテクな話だ。
なお筆者のメインバンクでは 2006 年から新 ATM が導入され、チェックは封筒に入れず、一枚一枚挿入口に入れるようになった。ATM は自動的に金額を読み取り、「1,234.56 ドルで OK か?」と聞いてくる。筆者はここで読み取りミスを経験したことがないのだが、これは逆にとんでもなくすごいことだと思う。何故ならばチェックの仕様は各人全く好きに選べる上に、字体だって人によって全然違うからだ。日本の郵便の宛名読み取り能力も凄いようで、これと同等と言えばそうなのだが、従来とのギャップが凄すぎる。Deposit has never been as such easy. とか何とか売物にしているようだ。

信じられないついでにもう一つ。現金引き出しについてだが、筆者のメインバンクでは、自行の支店・ATM で引き出す限り、休日・夜間とも手数料ゼロである。が、他行で引き落とすと、自行側で2ドル程度、他行側でも利用料として2~3ドル程度引き落とされる。ちょっと 20 ドルだけ欲しいような時には泣きたくなるような手数料である。

まだある。口座を作ると当然キャッシュカードが作られて、これがデビットカードにもなるのは驚くに当たらないが、このカードの表面に書かれているのはカードの番号であって口座番号ではない。このためカードを持ち歩いていても自分の口座番号は分からない。口座番号が書いてあるのはチェックなり毎月の statement だ。口座番号が必要となるような手続きをするときは要注意である。

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2008年9月 9日 (火)

Describing Figures in English

日本人が英語で苦労する点の一つに、数字がある。幼稚園児みたいな話であるが、10,000 未満の数字であればさほど抵抗はないだろう。しかし 10,000 以上になると途端に難易度があがると思う。この理由は、日本語の単位システムとの違いによるところが大きいと思う。つまり、9999 までは、nine thousand nine hundred ninety nine で、九千九百九十九と全く同じ数え方であるが、10,000 は ten thousand であるのに対し日本語では一万である。言うまでもなく英語は 1000 ずつの単位系であるのに対して日本語は 10000 ずつの単位系であるということによる。
米語では 103(thousand)、106(million)、109(billion)、1012(trillion)である。

科学におけるいろいろな単位につく接頭辞も 1000 が基本だ。
小さい方は、10-3(m)、10-6(μ)、10-9(n)、10-12(p)、10-15(f)、10-18(a)・・・
大きい方は、103(k)、106(M)、109(G)、1012(T)、1015(P)、1018(E)・・・

PC の世界では 20M とか 20G とかごく普通に使えるし、それがすぐ実感を持ってイメージできるのに、例えばお金の話になると理解がワンテンポ遅れる。例えば年収。50k とか 120k と言われて、それが即座に 50,000 ドルや 120,000 ドルであることがピンと来にくい。しかも円換算しようとするものならなおさらである。また、家の値段なども、500k とか 1.5M などと言われてそれが 500,000 ドルや 1,500,000 ドルであることがピンと来にくい。

タンパクや核酸の分子量は通常 10k とか 23k などと表現するが、大学時代の生物化学科の同級生は飲み会の割り勘を「一人 2.5k!」などと言っていた。当然のことながら 2500 円のことである。ところがこちらではごく普通にその表示がなされている。上に書いたとおり収入や家の値段、クルマの値段などもだ。極端な場合、「k」すら表示されず、クルマの値段が単に "14.999" だとかコンドの値段が "Just 500s!"(=わずか 500k 台!という意味)などという風に。まあ日本でも財務諸表やクルマの値段を「単位千円」であらわすことは多いが。しかしそれでもそれを口に出して読むときは、ちゃんと「億・万」に読み替えるのが普通だ。この、面倒な読み替えをするのが普通になっているから、そのまま 500k と言われると却って混乱してしまうのだと思う。

ところで、大きな数字を表すとき、123kとか 345Mなどと表現すると書いた。単位系が 1000 で出来ているから、接頭辞の前の数字は3桁以下になるのが普通だ。これらの例を文字に書き下すと、one hundred twenty three  thousand であるし、three hundred forty five million であることは言うまでもなく、チェックなどは実際そのように書くが、口語ではもっと単純に one twenty three、three forty five などと言うことが多い。

3桁の数字は同様に表現することが多い。料理番組で 375゚F は、three seventy five である。Digree は殆ど省略される。
Interstate freeway の I-270 は、"I two seventy" と読む。
時刻も 9:42 は nine forty two である。Nine O'clock forty two minutes だとか eighteen minutes before ten などとは決して言わない。

実際、ヒアリングもさることながら、非常に憂鬱だったのがスピーキングであった。10000 未満はあまり垣根は高くないとは言え、それでも例えば 1,763 ドルを言うのに、one thousand seven hundred sixty three というのに何秒かかるかと思ったことだ。しかしこんなのは seventeen sixty three で良いことが分かり、非常にほっとした。

1996 年を表現するのに ninteen ninety six と言うのは抵抗がなかったが、2000 年以降、西暦を言うのがイヤになった。2001 年を、従来方式で表現すると twenty one(= 21)になってしまうからであろうか、必ず two thousand one と言う。2001 が電話番号であれば、twenty o one と表現して間違われることはないが、年号に関してはそう表現することは稀であるようだ。
他人には理解されづらいと思うが、筆者にとってはこの thousand が big word で、抵抗が強かったのである。しかし、それがどうも 2010 年以降はまた事情が変わってきそうなことが分かって、少し気がラクになっている。2011 年は two thousand eleven でももちろん良いが、twenty eleven と呼ぶ人がかなり増えそうである。

ちょっと話はずれるが、「19.99」を日本語で表現すると、「じゅうきゅうてん、きゅうきゅう」である。これを「じゅうきゅうてん、きゅうじゅうきゅう」と読むと間違いである。それがこちらでは、nineteen nine nine と読まずに nineteen ninety nine と読む。もっともこれはお金に関してだけかも知れない。セントという単位があるからだろうか。日本でも「円」の下の「銭」も用いて読むのであれば「じゅうきゅうえん、きゅうじゅうきゅうせん」と読むが、この場合は「せん」という単位を必ず発音しなければ通じない。ついでに言うと、$19.99 のときに、dollar すらつけることはまずなく、本当に単純に nineteen ninety nine と言う。

さらに話がずれるが、日本で割安感をあおる値段設定は、1000 円未満であれば 398 円などと「8」で終わる。10000 円未満であれば 1980 円などと「80」で終わる。10 万円未満であれば、59800 円などと「800」で終わるのが普通である。それがこちらは、ぜんぶ「.99」で終わる。上に引用したように、$19.99 だとか、$499.99 などと言うふうに。もっと金額の大きいもの、例えばクルマなどではさすがにドル以下の 99セントは意味がなくなるので、$4,999とか $14,999 のようになる。

面白いものだと思う。

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2008年6月13日 (金)

Pronunciation

以前から気になって仕方のない"和製英語"がある。スーパーマーケットに行くと、デカデカと「ティーパック 198円」等と貼り紙されていたりする。それを見るたびに「ティーバッグ」だろと思って苦々しい気持ちになったものだ。しかしこの「ティーパック」、ある意味見事な間違いだと感心もしたりする。「ティー」部分は間違っていないので良いが、bag を pack に入れ替えてしまうあたり、本当に感心する。実際 tea の1杯分の pack になっているわけだ。これでは一度「ティーパック」と覚えた人は長いこと間違いに気づかないだろうと納得する。

しかし、つい先日調べてみるまで自信のなかった単語もある。学生のころ「デーパック」は良く持ち歩いていたが、これはひょっとして「デーバッグ」なのではないかと疑っていた。中にモノを詰めるためのものだからだ。しかしこれは pack で正解であった。Back pack 等と同じで、むしろ sack と考えるべきもののようだ。それの1日用ということで、英語でも day pack であった。「デーパック」と発音することもあるので、D-pack? なんじゃそりゃと思ったこともあったが、やっと納得した。カタカナ表記と発音は「デイパック」が良かろう。ついでに言うと「ディパック」(小さい「ィ」)はよろしくない。

Bag に関しては、「ハンドバック」というのも比較的良くお目にかかる。「トートバック」も然りだ。こんなに誰もが知っている英単語なのに、どうしてカタカナ発音をすると g が k に変わってしまうのか不思議だ。有声の子音が無声の子音に置き換わるケースは多い。

「ベットルーム」(正:ベッドルーム)、「ブルドック」(正:ブルドッグ)、「マウスパット」(正:マウスパッド)、「バッチ」(正:バッジ)、「キューピット」(正:キューピッド)、「スムース」(正:スムーズ)などなど。

冒頭の bag → pack は有声音の無声化が二重に起きた例でもある。

近年 TOB で世間を賑わせたブルドックソース社の英語表記は Bull-Dog SAUCE CO.,LTD. だ。同社のホームページから「ブルドックソースの名前の由来」を見ると、

ソース発祥の地であるイギリスではブルドッグはシンボル犬として愛されていました。また、ソースが日本の家庭に馴染んできた大正末期に、ブルドッグがペットとして人気を集めていました。そこで、ソースのおいしさもこのペット同様に人々に広く愛されるようにと、商品名に「ブルドック」として採用、マークとしました。

と書いてあるが、「ドッグ」が「ドック」になった経緯は全く書いていない。

一方、有声音の無声化と逆に、頻度は下がるが無声音の有声化の例もある。

リラクゼーション(正:リラクセーション)、アボガド(正:アボカド)、ジャグジー(正:ジャクジー)、ギブス(正:ギプス)など

これらは理由が不明だそうだ。

以上は一部を "goo" のページ から引用させてもらった。

ここから先は完全な私見で、何の根拠もない。

子音の入れ替わりは、外国語を日本語に置き換える際に発生したかのように見えるが、実は日本語そのものがそういう歴史を持っていると、大昔古文の授業で聞いた記憶がある。古代日本語は "f" の発音を持っていたが、段々ラクな発音に移行して "h" に変化した。フランス語ではさらにラクな方向にシフトして、"h" は書いてあっても発音しないまでになった。フランス語はおいておいて、昔の日本語は「ゐ」と「い」、「ゑ」と「え」は発音し分けていた。「くわ」と「か」、「くえ」と「け」も然り。
発音し分けていたものがしなくなったり、有声音だったものが無声になったり、いずれにしても言語はラクな方向にシフトしていくらしい。

実は、東京の口語では母音すら省略するケースが多い。イの段とウの段では顕著であり、エの段やオの段でも程度の差こそあれ、散見される。「しんぶんし」と言うとき、2回出てくる「し」は、殆ど "i" の音を発音しない。口は "i" の形をするが、実際にそこから息を吐き出していない。特に2回目の「し」でその傾向が顕著である。「しんぶんし」と言って最後の「し」を長く「し~」と伸してみると、その時声帯が震えていないことが分かる。「ぶ」では "u" を省略しているとは言えないが、"u" は極めて短く発音され、声帯が震えるのはほんの一瞬である。「いっぷん」(1分)というときの「ぷ」では "u" や「さんぽ」というときの「ぽ」も、"o" の音で息を吐き出すのはやはりほんの一瞬であり、殆ど声帯は震えていない。

ところが、これら母音を比較的きちんと発音する地域もある。筆者の知る限り、静岡県のうち少なくとも静岡市~藤枝市にかけての地域が該当する。東京の発音になれた耳からは、たどたどしく、重く聞こえる。またアメリカ生まれの日本人(=二世)なども該当することがある。母音を省略しない時代に渡米してきた両親が、その当時の発音を維持しているからであろう。

有声音の無音化や母音の省略、子音の統合など、発音の簡素化は日本語に特異的な現象かと思っていたら、そうでもないことがこちらに来て気づいた。

以前 cheesesteak の記事で、cheesesteak with American cheese and onion をオーダーするときに "American wit" と言うと書いた。オーダーするのが cheesesteak であるのは当然なのでそれはいちいち言わず、チーズの種類とオニオンの有無を指定するだけだ。ここで wit というのは with onion という意味だが、有声音の無声化が見られる。しかも "ð" が "θ" に換わっただけでなく、"t" にまで一気に進んでいる。"ð" の移行先としては、有声のまま "d" に換わるケースもある。日本人は "ð" や "θ" の発音が不得意だが、いい加減に "d" や "t" で代用しても結構通じそうである。だが、"ð" が "z" に、また "θ" が "s" に換わるケースは少ないと思われるため、日本人の得意なこの種の置き換えは通じない可能性が高いと思われる。

子音の流動化と母音の省略は、人名(first name)で顕著である。例えば 2006年生まれの男児の名前のトップは "Jacob" であるが、その変化形は名前の web によると

Cob, Cobb, Cobby, Giacamo, Giacobo, Giacomo, Giacopo, Hamish, Iacopo, Iacovo, Iago, Iakob, Iakobos, Iakov, Jaco, Jacobo, Jacobi, Jacoby, Jack, Jackie, Jacko, Jacky, Jacobo, Jacobus, Jacques, Jacquet, Jago, Jaime, Jake, Jakie, Jakob, Jakov, Jakub, James, Jamesie, Jamey, Jamie, Jamsey, Jay, Jayme, Jim, Jimmie, Seamus, Shamus and Yakov

と、45もあるとのことである。子音も母音もいかに流動化しているか分かるであろう。
日本人の不得意な "v" が、人名では "b" と相互乗り入れしていることも分かる。「ヤコブ」も「ヤコヴ」もどちらも通じそうである。またここには出てこないが、"r" と "d" も良く入れ替わる。

発音の「手抜き」は、ふつうの単語でも珍しくない。"N" の後で "t" が省略されるなどは好例である。"Twenty" は本来 [twenti] であるが、現実には [tweni] である。"Center" も [sentɚ] ではなく [senɚ] である。その他 "them" を "'em" としか発音しないことも珍しくなく、"Kind of" は "kinda"、"sort of" は "sorta"、"want to" は "wanna" となる。これらは CNN のアナウンサーですら用いている。"Don't" の後半部分は殆ど聞こえない。

「正しい」英語を覚えても、こうした「手抜き」を覚えないと意外と口語を聞き取れないものかも知れない。そしてこれは更に進化していくものと思われる。

口語という意味では、日本語もめまぐるしく進化している。「てか」(と言うか)などは書き言葉でも用いられるようになったが、「でら」(どえりゃあ)には驚いた。日本語にも catch up していかなくてはならない。

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2008年6月 3日 (火)

Truck

こちらの自動車事情で、日本に比べて SUV が多いようだとか、ピックアップトラックが多いだとか、全体に大型であり、日本車がかなりのシェアを占めているというようなことを以前書いた。
しかし、バスは日本と決定的に事情が違い、バスには日本車が恐らく殆ど(全く?)ないことも書いた。

今回はトラックについて感じたことを書いてみよう。トラックに関しては、イスズと FUSO が市場に食い込んではいるが、シェアは低いようだ。サイズは5トン以下が中心のように見える。それより大きいトラックは、ほぼ全部アメリカ製のように見える。

このアメリカ製のトラックであるが、日本のトラックと比較して大きな特徴が2つある。ひとつは殆ど全てのトラックがフロントエンジンであるため、鼻先が長い(ボンネットがある)。例としてトラックメーカー Mack の HP を見るとそれが分かる。理由は不明なのだが、恐らくメンテナンスが容易であるからではなかろうか。日本ではほぼ 100% キャブオーバーであるが、これは車体長に対する荷室長の大きさが有利なためだそうだ。アメリカでは車体長などということを気にしないらしい。何しろ広い国だし駐車スペースも気にする必要がないのかも知れない。また勝手な想像だが、クルマに関する税金や法制度なども、車体長にこだわらなくて良い体系になっているのではないかと思う。
イスズと FUSO はこちらでもキャブオーバーである。それは車体長にこだわったからではなく単純に日本とシャーシを共通にしているからに違いない。

なおバスについては、一部のスクールバスを除き、大型バスは貸切・長距離・路線バスとも日本同様リアエンジンでボンネットがなく、運転席は最前面にある。スクールバスもリアエンジン化が進んでいる。バスに関してはアメリカでも車体長を気にする理由があるのだろうか。

もう一つの大きな特徴は、airlift axle と呼ばれる車軸が多くのトラックについていることだ。特にダンプカーなど、重量のあるものを運ぶトラックについていることが多い。このようなものだ。

Truck

前から2軸目の車軸は、必要に応じて上下できるようになっている。写真は持ち上げた状態になっており、地面に接していない。これを下ろすと接地する。荷が軽いときは持ち上げた状態にしておく。その方がカーブで曲がりやすいのと、接地している後2軸のトラクションを良くするためである。荷が重い時は接地させて各軸にかかる重量を分散させる。この上下コントロールはコンピュータで自動制御されるものもあるらしい。

用途が上に書いたようなものなので、接地させずに走っていることが多い。このため最初のうちはスペアタイアかと思っていた。それにしては他のタイヤより径が小さいことが多いので不思議に思っていた。接地状態で走っているところを見て用途を理解したが、そんな風に可動式の車軸で、重量を支えきれるのか今ひとつ信じきれないでいた。詳しいメカニズムは知らないが、Wikipedia に記載があったので間違いないだろう。

日本ではこのようなダンプカーを見たことがない。積載重量が日本の方が小さいため、車軸を増やす必要がない、ということではないと思うが、この発想は不思議である。車体がより大きい重量に耐えるようにするためには、通常ならサスペンションやシャーシを補強することになると思うので、車軸を増やす意味はあまり感じられない。車軸を増やすことの最大の効果は、軸あたりの加重が減ることである。これにより確かにサスペンション等への負担は軽減するだろうが、寧ろ道路側の負担が減ると言える。しかし、トラックメーカーが、こんな面倒な装置をつけてまで道路に優しいトラックを作ろうとするだろうか?

まさかとは思うが、有料道路の料金対策ということでもなかろう。New Jersey Turnpike の料金表は、3軸トラックがこちら、4軸トラックがこちらというように、大型トラックの料金は車軸の数で決まる。例えばターンパイク南端の Delaware Memorial Bridge から Lincoln Tunnel 入口の 16W 出口まで乗ると、3軸なら 16.50 ドル、4軸なら 19.05 ドルというように、3.55 ドルの差が出る・・・が、まさかそのために? 上位置においておいて接地していなければ軸に数えないとか?

今ひとつピンと来ない装置である。

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2008年5月31日 (土)

Washingtonian

New Yorker という単語は日本にいても良く聞く単語である。"-er" という接尾辞は通常動詞について、「~する人」という意味に用いられるのは言うまでもない。Work について worker、run について runner などである。が、New Yorker の場合は地名である固有名詞 New York について「~住人」という意味になる。

ここで New York とは、Wikipedia によると、NY 州を指す場合と NY City を指す場合があると書いてあるが、日本的理解では NYC と理解されるものと思う。
同じ NY 州でも NYC とエリー湖に面した田舎町では全くイメージが違うのは言うまでもない。また同じ NYC でも Manhattan と Queens ではまたイメージが全く異なる。日本的理解では New Yorker と言えば Manhattan をイメージするし、もっと言えば Midtown をイメージするだろう。さらに限定すれば、概ね Park Ave と 7th Ave の間あたりをイメージするのではないか。あるいは、SOHO なども NY らしいかもしれないし、人によっては East Village を想像するかも知れない。Wall St も然り。Upper West や Harlem はどうだろうか。

しかしとにかく、Wikipedia によれば、英語ではそこまで細かく分類してイメージしないらしい。

ここでは New York City または Manhattan の住人と解釈することにするが、とすると New Yorker とは単に「New York に住む人」というより、「New York に住む都会人」というようなニュアンスを帯びていると思う。「東京人」というとどうだろうか。New Yorker に近いニュアンスが感じられる気がするが、この場合の「東京」も、東京のどこを指すだろうか。少なくとも檜原村は指すまい。山手線の内側などという言い方もあるが、23区内あたりがコンセンサスを得やすいところだろう。が、ひとくちに23区と言っても練馬区と港区では・・・

一方で「関西人」というとどうだろうか。「あーあいつ関西人だからなー」と言った場合に込められている印象は・・・ さらに一方、「関東人」という単語はあまり聞いたことがないが、敢えて書いてみると、なんだか田舎者とか無教養とか言う響きが感じられるのは私だけだろうか。「あーあいつ関東人だからなー」

都市名に接尾辞が付く例は、英語以外にもある。日本で誰でも知っているのが Parisien。「~住人」という意味で理解されてはいるとも言い切れないが、Frankfurter や Hamburger、Wiener などもある。英語に戻るが犬の種類で Pekinese というのもある。

都市ではなく地域に接尾辞が付く例もある。恐らくあまり知られていないが、「~の」とか「~住人」という意味の英語で、Hong Konese とか Taiwanese という言い方がある。

都市・地域でなく国のレベルまで行くと、接尾辞がついた形容詞型は必ず存在すると言って良い(一部国名以外も含む)。
Japan → Japanese
Korea → Korean
China → Chinese
Philippine → Philipino
England → English
America → American
India → Indian
Indonesia → Indonesian
Viet Nam → Viet Namese
Spain → Spanish
Brasil → Brasilian
Morocco → Morrocan
Peru → Peruvian
Salvador → Salvadoran
Malaysia → Malaysian

接尾辞としては "-ese"、"-an"、"-ish" などが一般的である。国名では例が少ないが冒頭に挙げた "-er" も同様の働きをしている。

さて都市名に戻って、都市名に接尾辞が付く例は、日本では上に掲げた例くらいしか通常お目にかかることはない。しかし、2年前に Bethesda, MD に越して来て、Washingtonian という単語があることを知った。形容詞型であるが、どちらかと言うと「DC の」というより「DC 住人」という意味である。同名の雑誌もある。東京 Walker のようなものである。Washington DC くらい大きな(というか特徴のある)市だと、形容詞型が存在するのかと知って驚いたものである。ところが、暫くして自分の住む Bethesda にも Bethesdan なる形容詞型が存在することを知ってたいへん驚いた。さらに Chicago には Chicagoan、Boston には Bostonian なる形容詞型が存在することも分かった。Maryland に対する Marylander や Kansas に対する Kansan もある。こうなってくると、地名なら何でも形容詞型が存在する(というか作れる)のではないかと思ってちょっと調べてみた。

「あまり使われないけれども、全くないこともない」という程度(google で 200 ヒットレベル)までをアリにすると、
Seattlean、Philladelphian、Los Angelesian、San Franciscan、Houstonian、Baltimorer などは発見できた。しかし都市名に関するこの手の形容詞型はどちらかと言えば一般的ではないようで、例えば隣の市の Rockville の形容詞型は発見できなかった。Rockvillian という単語はあったが、Rockville の形容詞型として用いられているのではないようであった。

州名ではどうかと言うと、Virginian や Pennsylvanian という単語はあるが、Delaware や New Jersey についてはお手上げと言ったところだろうか。Alaskan Salmon とは言うが、メーン州のロブスターは Maine Lobster としか言わない。バージニアのワインは Virginian Wine と言いそうだが実際は Virginia Wine としか言わない。そう言えば New York Strip Steak は New Yorker -- とは言わない。

はっきり分からないが、都市名の形容詞型は、主として「~住人」という意味になる場合が多く、従って形容詞的には用いられにくいようだ。国名の形容詞型は、「~住人」という意味の他に「~の」「~語」というような意味にごく普通に用いられるのは言うまでもない。その間の州名だと微妙で、形容詞型が形容詞としても用いられる場合と「~住人」という意味にしか用いられない場合があるように見える。この辺の使い分けに規則性があるようには見えない。

あらためて意識して見ると、なかなか面白い発見であった。

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